【書評】ロシア・ショック

 経営コンサルタント大前研一氏によるロシア解説書。この中で、読んでいて感銘とともに自身恥じ入ったのが、エストニアに関する記述だった。私も取材でエストニアを訪れたことがあるが、国を見る視線の深さにこうも違いがあるのか。


 エストニアは、欧州の工場を誘致して発展し、小規模国家の中でも成功例として賞賛されている。私も工場を見学したが、工場のラインを占めていたのはエストニア人ではなくロシア人だった。その案内人は「ロシア人の安価な労働力が使えるのは魅力です」と語っている。ふーん、エストニアではロシア系住民って案外賃金が低いのね、と驚きつつも、それ以上考えが及ぶことはなかった。


 恐らく、大前氏も似たような光景をエストニアで見ただろう。大前氏はその背景に、ロシア地域の構造的問題を見る。ソ連時代に併合した各国にはロシア人が入植し、その地で高い地位を得ていた。その後ソ連が崩壊して周辺国が独立すると、ロシア人は一転して低い地位に落とされ、虐げられた。チェチェングルジアなど、ロシアが周辺地域に対して積極的に軍事介入する根幹には、これら入植したロシア人を「同胞」として守らなければならない、という一種の国内事情がある。


 そして、ロシア人が虐げられている国の典型例がエストニアだ。ロシア人は首都タリンの郊外に住み、低い工賃で働かされている。エストニア語を話せないロシア系住民は、エストニアの国籍を取得できず、パスポートも取得できない。07年には、エストニア政府がソ連兵士碑の撤去に乗り出し、記念碑周辺では反対派市民と警察部隊が衝突して1人が死亡する事件が発生した。大前氏は、ロシア人を徹底して冷遇するエストニア政府の行為に、激しい怒りを示している。


 「国を見る」という行為は、いち工場の見学からこうした構造問題を把握できるかどうかで、その深さが違ってくる。反省とともに心に刻みたい。