【書評】ドラッガーと城山三郎が語る,日本の官僚

 二つの本を一気に読了した。いずれも,最近逝去した偉大な作家が記した著作である。一つは,城山三郎官僚たちの夏」。もう一つは,ドラッガーの「ネクスト・ソサイエティである」。


 この二つの著作には,もう一つの共通点がある。いずれも,日本の官僚行政のあり方を論じている点だ。最近,経済産業省の方々とお話する機会が増えたこともあり,とても身近に感じられるテーマだった。


 「官僚たちの夏」で城山氏が描いたのは,過当競争・非効率という国内産業の2重苦を変革しようとする官僚の戦いである。舞台は1960年,今とは国内・国外の経済状況がまったく異なるにも関わらず,「産業構造を変えて,企業の国際競争力を高める」とする官僚たちの思想は現代にそのまま通用する。1980年代に相次いで失敗したIT/コンピュータ関連プロジェクトしかり,半導体産業における「日の丸ファブ構想」しかり。


 ネクスト・ソサイエティでは,日本における官僚の政策を比較的好意的に評価する。ただ,ドラッカーが評価した政策というのは,「官僚たちの夏」とは真逆の,非効率性に対する「先送り政策」だった。官僚は,農業業や流通業を効率化する経済的な利点よりも,零細農家や零細小売業の維持が,社会のセイフティネットとして失業者を吸収する,という社会的利点の方を重視したという。もちろん,こうした政策の背後には政治家の意向もあったろうが,官僚自ら「先送り政策」を積極的に押し進めたのは間違いない。


 官僚が行うべきは,「官僚たちの夏」で主人公が押し進めようとした国際競争力の強化か,ドラッガーが評価した社会構造の維持か。どの時代にあっても,この普遍的な問いから逃れることは不可能だ。概して後者の視点を忘れがちな経済記者の一人として,胸に刻みたい。