STAP細胞をめぐるニコニコ生放送から考えた、科学コミュニケーションの行き着く先

 3月16日のニコニコ生放送八代嘉美+東浩紀「科学と社会のコミュニケーションを考える――STAP細胞をめぐって」実況(2014.03.16) - Togetter)が大変面白かったので、紹介もかね、STAP細胞と科学コミュニケーションについて改めて考えてみたい。前回の記事(2014-02-01 - ITとエレクトロニクスの知的備忘録)の続きと言うことで。


 この生放送で、思想家の東氏、現役研究者の八代氏がいずれも問題にしたのが、理研CDBによる1月末の記者発表で、いわゆる「女子力」に溢れた研究室が公開されるなどの「演出」があったことだ。


 ピンクの壁紙、スナフキンの絵、割烹着・・・それらの要素に計画性があったのか、まだ事実関係は確定していない。ただ、理研CDB広報が研究室を公開し、撮影にも積極的に応じた点で、研究者個人のキャラクターを際立たせたい意図があったのは確かだろう。


 これに対し、八代氏、東氏の両名とも、科学コミュニケーション上のミスと厳しく批判した。


 「あの演出方法に対しては、再生医療研究者の大半は『ふざけるな』と感じていたはず」(八代氏)

 
 「理系、文系の区分は嫌いだが、あれは理系的な手法。文系であれば、あれをやればフェミニストから刺されると分かっているから」(東氏)


 観客からも「日本の科学コミュニケーションの行き着く先がこれだった」などと厳しい声があがった。


 日本の科学コミュニケーションは、どこで、何につまづいたのだろう?


 今から13年前の2001年ごろ、科学記者を志望していた私は、就職活動の業界調査も兼ね、科学コミュニケーションの担い手について以下のような分類を作ってみたことがある。(もちろん、一人が複数の役割を担うこともある)。たぶん、この構図は今もそんなに変わらない。

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1.科学ライター 科学の面白さを伝える

2.科学評論家 狭義の「科学ジャーナリスト

3.科学ニュース記者 ニュースとして科学を速報

4.科学専門記者 主に業界向けに情報を発信

5.科学広報 大学・研究所・企業の広報担当

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 そして、この10年で急速に存在感を高めたのが「科学広報」だった。


 2000年代、予算削減の逆風にさらされた国立大学や研究機関は、研究の意義や実績を社会に広報する必要に迫られた。そこで、各機関が生き残りをかけて力を入れ始めたのが、科学広報活動だった。


 科学広報の業務は幅広い。思いつくだけでも、記者向けプレスリリースの作成から、記者会見や取材、イベントのセッティング、研究者のアウトリーチ活動(=国民との科学・技術対話)の支援、広報誌の作成、国際広報など。たぶんもっといっぱいある。


 「2位じゃだめなんですか」でスパコン事業仕分けの対象になった際は、日本のノーベル賞受賞者そろい踏みの記者会見を開催し、科学コミュニティを挙げて反論してみせた。こうしたパフォーマンスのお膳立てにも、科学広報の力は不可欠だ。


 科学広報の活動を評価する基準はいくつかあるが、その中でも比重が高いのが「マスメディアへの露出度」だ。特に国から予算をもらっている研究機関の場合、政治家に成果をアピールできているかは、死活的に重要になる。この点で科学広報は、インパクトファクターの高い査読誌への論文掲載を重視する研究者とは、やや異なる論理で動いている。


 STAP細胞における「演出」を誰が主導したのかは明らかではないが、私は背景の一つとして、マスメディアへの露出度を高めたいという科学広報の意図が働いたのかもしれない、と何となく推測している。結果として、新聞一面のみならず、社会面を含めかなりの紙面をSTAP細胞に振り向けることができたのだから、効果は絶大だった。さらに付け加えれば、大学の科学広報が推進している「リケジョ」ムーブメントを応援したい、という心情もあっただろう。


 今回の理研CDB広報の意図はどうあれ、もし今回の「演出」が成功していれば、マスメディアへの露出を高める科学コミュニケーションの新手法として定着してしまった可能性もある。それだけに、東氏と八代氏の二人から疑義を呈された手法を含め、例えば以下のようなテーマで科学コミュニケーションのコミュニティが自発的に総括する必要があるだろう。


・研究者の「女性性」を強調する(ように見える)演出は正しかったのか?


・評価が確定しない例が多い万能細胞(例:MUSE細胞、MAPC細胞、VSEL細胞)の分野で、確定的な成果と取られかねない形で広報してよかったのか?


SNSの普及などで企業広報にも機敏な対応が求められる中、ネット上で相次いだ疑義の声に対して科学広報がどこまで迅速に対応できたか?


・「科学の成果を分かりやすく伝えること」と「科学に興味をもってもらうこと」、それぞれの広報活動は区別すべきか?